名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

この新御殿のお方(徳川斉朝)、ドタキャンばかり

天保4年。
一 6月1日、味間(味鋺)村で庄助という者が2人を切り殺して行方をくらます。

一 6月晦日(29日)、幡野如山殿が判を偽造して逼塞になると。
これは大御番頭格までなった人である。

一 6月22日、御先手物頭高木鉄次郎が役を解かれる。
これは江戸詰めの時、放埓で芸者を囲っても金をやらなかったので先方から願い出たと。

一 7月12日昼、伊勢町四丁目で火事がある。
同14日暁、中杉普光寺裏の4軒が焼失と。

一 同15日四時(午後10時)過ぎ、激しい夕立で大きな雷が茶屋長與の玄関前に落ちる。

一 7月4日、熱田新田の戸辺神主の土地又兵衛新田に現れた海韃(獺カ)(アシカ)見物にやって来るものが多く、周りを囲んだ堤が切れて中に留まったと。
8日に捕えて新御殿へやって来るが、御覧にならなかったので御殺生懸り斎藤七平から見世物師へ遣わすはずになったが、地主と争って大騒動となり8月18日に死んでしまう。
雨天続きでいろいろな話がある。
海に住むが鱗虫ではなく、総身は獣と同じ、眼は慈界の子のようで、鬚は黙斎翁に似ており、誤って新田の水に入り、生まれた沖に帰ることができず、憐れむべきか終には網にかけ、苦しんでの小船の中。

一 7月21日から8月6日まで、極楽寺において太秦広隆寺聖徳太子ならびに霊宝を開帳する。
13日まで延長する。

一 7月26日、新御殿において御使番兼松七之丞が刀を紛失する。

一 8月4日夕七時(午後4時)、御手木町で火が出る。
風呂屋の者ならびに御中間のあわせて5軒が焼失する。
黄昏に鎮火する。
鐘と太鼓を打つので大騒ぎとなる。

一 8月7日夜、円通寺の風呂場で火事とのことだったが、実は火事ではなかったと云々。
御目付も出向くと云々。

一 8月10日から雨がちで、23日まで降り続く。
その前もたくさん雨が降る。
海韃の仕業だという話もある。
口寄せ(霊を呼び寄せ、その言葉を語る人)3人も同様のことを話していると。

一 8月領内中の紺屋が争う。

一 8月28日、光音寺の河原で揚火(花火)が行われる。

一 9月5日夜五時(午後8時)過ぎ、清寿院前で瀧川彦次郎殿の中小姓浅野常治という者が武平町下平野助十郎の三男鹿三郎を切り殺し、その町内のわたぼし(綿帽子)屋へ入って腹を切る。

一 9月、評定所にはり札があると。
どうしたものかというような話ばかりと云々。
馬の塔の過料。
懸所の騒動。
紺屋の騒動。
御救米。

一 米の高騰につき、金持ちが次々と施しを行う。
その間の9月11日、子ども1人が石町の材木屋が施しを行う萱屋町で踏み殺されると。

一 米相場が8月中旬から9月上旬にかけて小売7合5勺位から7合までになる。
大相場8分5斗(1斗は18リットル)8升(1升は1、8リットル)までになる。
9月中旬、新米は8斗ほどになる。

一 9月10日頃、清須の下日下部村の30歳になる者が女房に子どもが3人あるにもかかわらず、傅(守)の15になる者に子どもができ、女房が問い詰めたのでその女と橋の上から川に飛び込み死んでしまうと。
1晩中死にかねていたが、未明に僧が1人やって来たので肝をつぶして飛び込んだと。

一 三井村帝釈天の賑わいの一件。
大和町柏屋嘉兵衛の妻が夢で見て訪ねたので賑わうと云々。

(3-p110~p111)