天保3年。
6月、14、5才の小僧が自分は弘法だと言って市中を徘徊し、過去の話をして人をたぶらかし、自分を人に持ち上げさせるととても軽く、もう一度持ち上げさせると3、4人でも持ち上がらないほど重くなる。
全くいい加減で憎らしいにもほどがある。
いづな(飯綱)遣い(管狐を操る術者)だと。
6月22日、茶屋新田一番割で市のようなものが少し前から始まり、いろいろな物を売り捌いていたところこの日この家の屋根が落ち、亭主と木綿を売りに来た婆と孫、その他あわせて6人がこの屋根に打たれて死んでしまうと。
この市のようなものは未だに表向き願いを終えていなかったので難しいことがあると。
一 太田支配□郡の付知、川上、加子母の三か村の山に竹の実がなると。
御勘定所へ俵に入れて持って行く。
6月26日晩、日置旅籠町いさばや(五十集屋、魚屋)の妻1人が近所へ買い物に出かけ、帰らないので探したところ堀川無三殿橋あたりの川で死んでいると。
7月12日夜七時(午前4時)頃、平尾村で火が出る。
7月10日夜、御勘定所添物書で流川に住む17歳の安井清五郎と36才の菊池喜蔵の内方(妻)が心中し、2人とも半死となる。
7月16日夜、桑名町1丁目飾り屋秀助という者が近所に住む自分の伯母と争って口論になり、仲介に入った人に傷を負わせ大騒動になるが、命に別状はなかったので内々に済ませる。
野暮台之詩(この詩はある法則に基づいて読むと意味がわかる)
(詩略)
6月18日から7月20日まで全く雨が降らなかったので、町々では消火用の水をいろいろと手配し、酒屋の大桶などに汲み入れて町々辻々あちこちに手当てしたところ、その後全く火事はなかったので何とかなる。
6月21日、浅井董太郎宅において薬品会(品評会)が行われ、奇石、奇木、その他獣鳥草貝種々の品々が数多く出る。
7月下旬、橘町延広寺境内の榎が朽ちたので、伐って薪にすると言って杣(木こり)が登ると猫の頭ほどのウハバミ(大蛇)がウロ(空洞)の中からのぞいていたので、その杣は急いで逃げ下りると、もう1人の杣は豪傑だったので見に上がり、最初ウハバミは人に驚いて天窓(頭)を出したが、今度は引きこんでじっとしていたのを見届けて杣は下りてくる。
(3-p90~p91)