名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

この年は火事の話題が多い

文政12年。
10月21日、東出来町萱場で火が出る。
正八時(午後2時)頃火が出て、七時(午後4時)過ぎに火が鎮まる。
女房がジウノ(十能)で火を取り、小さい火が残っていたのに松葉の桶に差し込んで外出した間に火事になると。

11月初め、蝮池で入水自殺がある。

11月21日から28日まで、毎日正九ツ時(午後0時)に大原問答が行われる。
本山寮主弁輪聖人が説法を行う。
西山善国師の忌(命日)。

11月6日八時(午後2時)から日置敬円寺において諏訪法融寺が法話を行う。

11月1日、夜小さな雷鳴があり、かなり光る。

11月3日、枇杷島大ぼし(大橋、大星?)の主人が11歳の倅を刺し殺し、自害する。

11月24日、西水主町の婆が堀川で水死する。

11月29日夜四時((午後10時)、光り物が通る。

12月3日夜、激しい風雨で、翌日には日置大道寺の別荘に栗毛の馬の耳が落ちる。

12月27日申中刻(午後4時)過ぎ、平田院門前町家の米屋が餅を搗いていると、鼠のかじった穴でもあったのか火が出る。
隣の家が最初に焼失する。
火元はたいしたことはなく、小さな借家50軒ばかりが焼失する。
武士の家は焼けず。
建中寺の近くであったので大騒ぎになる。

12月30日夜七半時(午前5時)から、北鷹匠町御書院番小山田某の近頃暇を出して空家であった若党部屋の長屋から火が出て東側へ燃え移り、8、9軒が焼失する。
火元の本家ならびに西側は無事であったが、御城の新御殿近くだったので大騒ぎになる。
この日、留書衆の中で御勘定奉行芦澤藤蔵の僕がぶたれたとの噂がある。
狂歌(略)。

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