文政12年。
4月15日、地方組早川新九郎の倅19才になる者が同組の吉田助右衛門の30才になる娘と密通して欠け落ちしようとしたのを、吉田の下女が留めたので刺し殺し出奔する。
同役の者が残らず追いかけて捕え、御勘定所揚り屋へ入れる。
男は勘当を受けて剃髪していたので、この時は附髪(鬘)だったと。
女はかねてから養子がいたが、永らく関係していたと。
4月21日から5月11日まで、南寺町法蔵寺で三州勅願所妙心寺の信州善光寺分身如来、肉髪尊像、阿弥陀如来、源氏白旗名号ならびに宝物を弘通する。
同日(4月21日)から同日(5月11日)まで、南寺町清安寺で和州当摩寺奥院円光大師、中将姫曼荼羅ならびに宝物を開帳する。
5月5日、熱田馬の塔の本馬は次の通り。
田島町上片町、中瀬町、古尾頭村、新宮坂、新旗屋。
俄馬は多く出て見事である。
しかし倹約のため縮緬などはなし。
4月中旬から古江川の婆々がまじないを行う。
腰が抜けた子の足を立たせたと大いに流行る。
そのやり方はたださするだけと。
5月5日、高倉の森で男1人が首をくくって死ぬ。
5月8日、東山で赤土を掘っていて2人が土に埋もれて死んでしまう。
1人は流町、1人は袋町と。
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