文政11年。
戌子(文政11年)元旦の5日間は晴天。
10日頃から寒さがかなり厳しくなり、去年の寒中よりは寒さも増し、氷が張り、雪も少しずつ降る。
大須大塔の造営が終わるが、供養は住職がいないので延期となる。
2月9日、菖蒲皮町玄乗寺で祖師遠忌の供養が行われる。
児音楽、説法が行われる。
2月17日、砂のようなものが降る。
空は薄曇りで霧がでたよう。
同21日、八事山普門堂の上棟が行われる。
この日から開帳し、女人の参詣を許す。
この堂はこの度山の上に再建したもので、昔は山の麓にある小さな堂であった。
この日大工棟梁は束帯で黒袍、脇は赤袍を着る。
東御坊の新殿が建ち、瓦を葺く。
ただし、中はまだ出来ておらず。
3月8日から14日まで、堀川聖運寺で祖師600年遠忌が行われる。
児音楽、説法が行われる。
どだくというものの絵が流行る。
これは越後国三浦某という人が立山に薬種を掘りに行って出会ったもの。
このどだくが立(おそらく云)には、これから病気が流行り、死者が多く出る。
自分の姿絵をいつも見ていればその難から逃れられるというので、この絵を張る者がたくさん現れる。
どだくという文字はわからず。
獣の絵に添えられた歌に、天か下神の御末の人なれハいか成病どだくまねかん。
5月5日、馬の塔が行われる。
善福寺町肴屋善右衛門召仕の男2人と女1人が馬を走らせると、男2人はくたびれたのに、女は疲れて帰ってもいつも通り水などを汲むと。
大評判となる。
同18日、本重町の松竹梅の山車は見事である。
舟入町は松竹を吊って行く。
池田町の馬の塔では武平町馬喰の子で熊という9才の子が曲馬乗を披露する。
狂歌、手を打てほめる細工は妙国寺そでつのだしの日本一ばん。
蘇鉄組。
第一矢切、石橋。
第二江川、業平東下。
第三中野やしき、淀川引舟。
第四水車町、桜がり。
第五北江川町、ひな祭。
第六西戸田町、笹瀬連手打。
一 橘町から館を造り、囃子物が出る。
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