名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

倹約、倹約と言われると気が滅入る

文政11年。
10月下旬、厳しく倹約を申し付けられた触などの写し。
御家中には倹約のことを引き続き申し付けられる。
去る酉年にも申し付けたところではあるが、不行届きなこともある。
特に衣服を質素にするために天明の年の制限を取りやめたところ全て上手くいったので、今後暮らし向きを厳しく倹約し、衣服を始め供回りなどもこの度別紙のとおり申し付けられた。
当子年より来る辰年までの5年の間はこの書面の考えを間違いなく守るように。
もっともこの衣服、供回りなどのことは尾張の国の中だけのことではあるが、他所へ出かけた際にもなるべく尾張のしきたりは質素であると見えるように心がけるように。
表向きは質素でありながら、実は贅沢をするようであれば殿の考えに背くので酉年に伝えた通りその考えを第一に考え、今後給与は半減と心得て、暮らし向きを厳しく倹約し、別紙の条項以外にも追々伝えることに違反しないよう心得るように。
右の通り尾州の輩末々まで漏らさぬよう伝えるように。
10月。
この通り豊前さまが言いつけられたので伝える。
その意をくみ、組支配などの面々は組支配方へも伝えるように。
10月26日 御目付。

(2-p134)