名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

御鍬祭

文政10年。
今年、御鍬祭ということが尾州一円で流行する。
これは61年ごとに伊勢太神宮の御山に鍬の形の枝が生える。
61年前も尾州村々でこの枝を受け取って祭り、神輿を作って祭を行った。
領内で祭が行われ、8月頃から始まり、獅子神楽などを行い、餅を投げ、酒をふるまい、村々での祭は徐々に終わるが、9月下旬になると祭はどんどん派手になり、名古屋の町に近い村々では華美を好み、驕奢なものを工夫し、五穀豊穣の祭だから御鍬様は倹約を嫌いだと言いふらし、これを止める者があると災いがたちまち身に及ぶと云々。
とりわけ次に記すところは格別華やかで、評判も高いところだけを記す。
いつもの同様の祭のところは一々記さないが、以前より祭を派手に行わないところはなし。
太鼓などを打ち鳴らすことが多く、豊年よ、豊年よ、300年の豊年よとはやし立てる。
その他にもいろいろな踊りをし、この警固のために男芸者を雇う。
いろいろと趣向を凝らして祭をする。
日本中で行われるとのことだが、よその国では静かなようである。
この前は明和四亥に行われた。
その前は天野氏塩尻に見受けられる。
(ここからは祭の出し物等が記されているのであるが、詳細は名古屋市博物館発行の『御鍬祭真景図略』に図入りで記載されているの参照してください、ここでは日付、場所だけを紹介します。
なおこちらでも一部ですが御鍬祭の様子を知ることができます。)

詳細 :なごやコレクション

9月1日、日置中で1度に祭が行われる。次の如し。
村方、西之切、中之切、上之切、下之切、運上町、堀川車力連、敬円寺前、更屋敷、下馬杭、東堀川、金塚町、廻間、大須裏門、芋屋町、山の神前、北組、観福寺前、小川町、無三殿、美竹町、堀川下、西夷町、東夷町。
これは全て太鼓などを打ち鳴らす。
その他にも色々な趣向がある。
大きな重に赤飯を入れて桧重のおこわ祭と叫び歩く。
これは日置中が御鍬祭であるという気概である。

同日、東枇杷島
鬼踊の趣向、越後節、田舎娘、茸狩、女夫踊、猿踊、狐踊、獅子舞。白張祢宜、鈴の舞、行列。

10月1日、押切。
東一丁目、東二丁目、三丁目、四丁目、榎の町、大西之切、西二之切、西三之切、鍛冶屋横丁、同上之切、馬喰町、さくらき(桜木)、本所横町。

10月2日、古渡り。
本郷、西屋敷、所不分明、寺屋敷、中市場、辻、所不分、裏門前町、前津小林本郷、前津本郷、北中組、所不分、長松院門前、前津中之切、所不分、所不分、忍売、頼朝鷹狩、三輪町、所不分、駱駝、松島町、所不分、堺、唐人、雀踊、子供行列、二見、梅川町。

10月10日、尾頭。

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