文政10年。
町の芸子の中にまたまたちょっと叱られた者がある。
6月頃、広小路夜店で人を叩く者がいると噂していたところ、7月25日に御書院番と御本丸番の二男の両人の行いが良くないと差扣(謹慎)を仰せ付けられることがあり、この者たちの仕業だと噂する。
8月26日夜、建中寺の女中門で首をくくった乞食がいる。
8月21日、朝五半時(午前9時)橦木町東の片山仁兵衛の長屋が焼失する。
長屋以外は残る。
同28日夜七時(午前4時)、八時(午前2時)に2度地震がある。
8月下旬、堀川端の桜は聖運寺の前の3本がかなり咲く。
8月24日、小牧の南、戸山というところで大橋新六郎二男が自害する。
いろいろと噂があるが、詳しくはわからず。
8月頃、日蓮宗説法僧英智院がやって来て東寺町あちこちで説法を行う。
引き続き明導院という僧も同様に説法を行う。
8月下旬、南寺町清安寺に徳重という念仏門(念仏宗)の僧がやって来て、17日間勧戒を行う。
9月上旬、法周寺で17日間、それから蟹江へ行き2日程行う。
7月、八事山に清水の舞台のようなものが出来上がる。
9月1日夜、桑名町割出(境)の幸吉という者が車の町御園筋を西に入った石橋で転んで天窓(頭)を割り、上畠江町の永坂周二のところに着くまでは左だけが痛みがひどくなかったが、周次のところで気絶する。
もっとも附薬(軟膏)などでよくなり、周次と逢うことができたと。
7月28、29日頃、飛騨の紬売りが七間町近江屋、小坂井新左衛門の家に金300両を持って泊まっていたが、津島へ行こうとして甚目寺あたりで煩い、戻って来ると顔にひどい傷があるが、自分では気づいていなかった。
金も無事で、やたらとぼんやりしている。
狐狸の仕業か。
それより1日、2日しての1日の夜、近江屋の井戸へ入って死んでしまう。
8月から一の鳥居の修復と大宮東の修復が行われる。
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