名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

御深井の新御殿は徳川斉朝の隠居所

文政10年。
広小路仮茶屋の鮎の形の砂糖入りの菓子を売る店で四角い水船を出し、長良川のようにする。
鵜船や人形もあり、舟は2、3艘で、その細工も素晴らしい。
後ろには岩山の張り子があり、景色も素晴らしい。
夜は火を灯す。

小田井祭鞍馬の山車の大幕が替わる。
猩々緋に山水で梅逸の画。

中須賀町ではさつふり(ざいふり、麾振り)車が替わる。

今年の六月祭では以前いた絵草子売りがいなくなると。

27日から29日まで伊勢町井筒屋が薬王丸の店を開く。
小児向けの薬である。

この頃、広小路で夜ごと人を叩く悪者が現れる。

7月10日、御深井の観音の参詣が今年は行えず。
これは新御殿の普請が始まるためである。

同11日、高岳院前辻番から火が出る。
服部氏の長屋が類焼する。

同17日夕、雷雨がかなり激しくなる。
中小田井下の家に雷が落ち、3軒が焼失する。
人にも雷が落ちる。

彼岸中、妙善寺で入仏供養が行われる。
児音楽、説法が行われる。
参詣の人出が激しい。

鉄炮張横町のあちこちに住む不思議な力を持つ富蔵という者がいる。
元は天台宗の僧で、諸国執行(修行)に出かけて不思議な能力を持った人に出会い、不思議な術を体得する。
諸病を治療することが巧みである。

天道町清安寺で道徳上人が説法を行う。

8月19日、徳川斉朝が隠居し、徳川斉温家督を継ぐ。

9月、御鍬祭が行われる。

9月7日、門前町の火の見で鐘を打つが、火は見えず。
離れた場所かと。

子供の持遊び(おもちゃ)の土細工で土台に松竹を台をすえ、持った祢宜の人形を売る。
これは御鍬祭でこのような警固が流行ったため。
また兎の餅つきもあり、豊年餅と名付けて御鍬祭にあったため。
また持遊びに御鍬祭の祢宜、狐猿の踊りの様々な人形を売る店が出る。
また手拭いにも染めて流行る。
また、豊年餅、御鍬糖という菓子も出る。

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