名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

この頃また名古屋では祭が盛んになります

文政10年。
3月3日、一ノ宮の祭が13日になる。
14日、馬の塔ダンジリ(山車)が巡行する。

同21日、大須の霊宝天拝弘法大師影像、宝物をこの度初めて開帳する。
25日、天満宮で神楽が行われる。

京町の車が出る。
高欄、衣装が替わる。
島田町警固の関羽の衣装が替わる。

飴売りが越後節を歌う。
荷箱に牡丹の作り花を付け、色々な歌、板行の物(印刷物)、小本(半紙の半分サイズの本)を売る。
桶の小さなものを置いて2本のバチで底を鳴らし、拍子をとる。

広井西新道の裏の西はずれで、椿の枝に餅のようなものが出来、くし柿のようだと。
また先月26日、熱田新田六七之割の大矢彦右衛門隠居家の庭で椿に実がなる。
白く堅くておぼろ饅頭のような肌触りと。

5月、中治新田で木の枝にさや大豆がなると。
伊勢では梅に桃の花が咲いたと。
鼻の大きさは茶碗ほどと。

5月4日、延師(後に延米師が出てくるので同じか)仲間が走り馬を出す。
皆、ひぢりめん(緋縮緬)の袖なししゆばん(?襦袢)で。
18日、場ならしが行われる。

5日、熱田馬の塔が行われる。
東の七ケ村が合同で長刀(なぎなた)。
高田、大喜、本願寺、石仏、丸山、川名、田中から本馬を出す。
俄馬も多く出る。
黒木うり、忍ぶうり(歌舞伎の演目)は見事である。
踊りが行われる。

東御坊後ろの築山を取り壊し、新しい亭(東屋)を大きく建てる。

18日、馬の塔が行われる。
俄馬がとても多く出る。
とりわけ見事なのは延米師仲間だと。
桃色繻子の胸当、襦袢は思い思いの縮緬、色々な模様がある。
白紗の頭巾の年寄は白紗の羽織、背中には米の字で揃える。
また内屋敷は金ばれん(金色のひも状の飾り)の山車、警固は白縮緬の紋所にかぶらの画でそろえ、人数も多い。
新屋敷の馬はすすきに三日月の山車、警固は白に三日月の紋所。
また御庭方は各猿のいで立ちで背中に桃の紋所、一様に縮緬
いづれも烏帽子をかぶり幣を持ち、この中に曲馬が上手な者がいて曲馬を行う。
また熱田旗屋からも忍ぶうりのいで立ちで馬を出す。
またどこかはわからないが、娘道明寺からの着想で傘を出して持ち行く。
馬はなし。
桜の作り花に釣鐘の細工が美しい。
10才ほどの生の娘(子どもっぽい娘)は白拍子のいで立ち。
坊主は幼年の子ども坊主。
この趣は見事である。
西鍛冶町は猿の趣向。
この日、本町と七間町の間で馬が逃げ出して本町を上へ駆けて行き、騒動となる。
19日に礼馬が多く出る。
西鍛冶町の猿の連中はこの日は唐人に替え、打ちはやして駱駝の作り物を車で引く。
曲乗りは櫓へ向かい、御覧になる。
その他延師連中も丸の内へ行く。
また力自慢の趣向、公時(金時)、山姥、熊、狐、猿のいで立ち。
また新屋敷は小田原ういろう売りを出す。
また江川端の明道からは越後獅子
そのほかいろいろと賑わう。

6月、巾下天王祭は4日に御覧になるので延期となる。
4日、上畠裏植留に小姓衆の仮屋が出来、町々の家並みや掃除方は海福寺で御覧になる。
それから出来町の車を御覧になる。
巾下の車は殺生石を玄翁和尚が破って玉ものの前に出てくるからくりが出来、評判が高い。

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