名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

中村、清正公とくれば妙行寺のはず

文政9年。
8月25日、大須天神の鈴の舞が始まる。

9月3日、津島で正遷宮が行われる。

9月15日、中村で清正公の柱立が行われる。

10月4日、清寿院の芝居で一朱判を作り、召し捕らえられる。
魚之棚七間町と呉服町の間南側の宿屋に泊まっていたと。

10月6日夜五半時(午後9時)、東杉で小出鉄蔵が切腹する。
その場所は竹腰家中青山八十郎の門の軒であった。
脇差が門に立てかけてあったと。
腹を切った箇所の長さは2寸(1寸は約3センチ)、深さ1寸。
かすり疵が3つ。
立疵1ケ所。
咽の疵は深さ3寸。

10月29日、石切町光明寺で今井幸右衛門追薦(追善)の謡が行われる。
この人は観世流謡が巧みな者であったので。

11月18日、玉僊一派の書画会が橋之寮で行われる。

11月26日、大惣酔雪楼(万松寺東南の料亭)で琴碁の書画会が行われる。
催主は安藤蟻殿。

11月29日、一朱作りが磔になる。
津島の者だと。

12月14日、夜九半時(午前1時)、東杉村心入寺門前の3軒が焼失する。

同月15日、大きな雷が1つ鳴る。

今年は米の値段が思いのほか良く、2万石買い上げになる。
江戸へ遣わすためと。
歌に、とのさん本気かへ霜かれ扨もあげたる、米相場三升買あげ下しまいハテつとめがつらい。
清寿院へやって来た住吉踊の願人(大道芸人)の歌に、あねさん本所かへたそかれに扨もぬつたるうどんのこ三十ふり袖四十しまだつとめかつらい(67頁に続く)

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