名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

12両も貰えば小躍り

享保2年11月22日。
瑞祥院様(徳川吉通正室)御宿割の五十人吉田小兵衛・永田弥右衛門が名古屋を出発し、京に上る。

濃州恵那郡大井村の村から4丁(1町は約100メートル)に野畑のというところの六右衛門扣の新畑の畔石に、横1間(1間は約1、8メートル)、長さ20間ほどの石蔵があった。
この日、石を取り除いて畑にしようと地をならしたところ六右衛門の下人喜之助が左のような金2枚を掘り出した。
役人が立ち合い、その後調べたところ何も出なかった。
同月27日に水野分四郎から御国奉行に差し出し、翌日に御国奉行から御前に出された。
天野治郎が言うには、これは昔の10両判であると。
12月初め、六右衛門と喜之助に12両2分ずつ金を下される。
12月3日、御国奉行に蟹江、水野が出かけて受け取り、同6日に分四のところで渡す。
色は黄色。
厚さ1分(1分は約3ミリ)半、長さ2寸(1寸は約3センチ)3分より少し小さい、横1寸3分、重さ44匁(1匁は約3、7グラム)。
厚さ1分半よ少し小さい、長さ2寸、横1寸2分。