名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

享保2年11月の徳川継友の動向

享保2年11月5日。
巳半(午前10時)、建中寺を参詣する。戻られた後、昼前から雨が降り始める。
享保2年11月14日。
文昭院様(徳川家宣)を詣でる。
享保2年11月15日。
申(午後3時)前、泉光院(徳川継友生母)へ出向く。子(午後11時)過ぎに帰る。このお出かけで八郎右衛門・九郎左衛門が御目見する。
享保2年11月21日。
日比津中野の鷹野のからの帰りに1里(1里は約4キロ)ばかりの縫殿殿に立ち寄る。先に横井十郎左が来ると云々。獲った鷺2羽を土産に。縫殿殿から吸物・菓子ならびの鷹を差し上げる。
享保2年11月23日。
夕暮れ前、鷹野からの帰る。甲斐(志水)下屋敷へ入り、弁当を遣わす。甲斐はこのことを知らず、出向かず。御鷹師だけへ吸物で酒を出す。それから能登守(阿部)へ出かける。丑(権1時)頃、帰る。ろうそく千挺あまりを立て、御供の食事を180人前拵え、酒は4斗樽の鏡を抜き、御側衆などへは金を遣わし、全ててきぱきと進めると。
享保2年11月30日。
有章院様(徳川家継)を詣でる。駿河守(大道寺)へ鷹野帰りに立ち寄り、そこから庵原平左へ出かけ、夜更けに帰る。29日か。肴町では魚が売り切れ、駿河守は困ると云々。勝手へ入り、平左衛門母・妻に会い、土産は時服2つ、平左には羽折と大鷹を下す。小間物をたくさん取り寄せ飾り付ける。鍔3枚を気に入り、持って帰る。代金は18両と。