名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

享保2年10月の徳川継友の動向

享保2年10月5日。
巳半(午前10時)過ぎ、建中寺を参詣する。
享保2年10月7日。
猪玄が祝儀に7つ半(午前5時)に登城する。自ら餅を下す。足軽頭以上寄合よりは下へは台で下す。これは瑞公(徳川光友)が元気なころと同じ。年をとってからは少将様方が名代で下す。泰公(徳川綱誠)・円公(徳川吉通)の時には礼剣だけに自ら下すと。
享保2年10月14日。
文昭院(徳川家宣)を参詣する。
享保2年10月16日。
建中寺を詣でる。主税筋を通る。
享保2年10月18日。
真巌院様(徳川五郎太)、瑩珠院(徳川綱誠正室)を詣でる。
享保2年10月26日。
子(午後11時)に供揃えを行う。
享保2年10月27日。
10月26日夜8つ3分(午前2時半過ぎ)に名古屋を出発する。小牧御殿で休憩する。二の宮に立ち寄る。社家は装束で御目見し、平伏する。宮を詣でて直ぐに出発する。4時(午前10時)過ぎ、犬山に到着する。隼人正は五郎丸まで上下で迎えに出る。成瀬織部介が付き添い、小吉殿は大手升形まで迎えに出る。小吉殿の後ろに守役2人が平伏する。駕籠を停め、言葉をかける。佐枝・鈴木・海保は大手升型へ出向き、言葉をかける。親類衆は門内におり、御目見する。家老どもは門内にあり、御目見する。松の丸へ入り、しばらく休憩する。隼人正・小吉殿は太刀馬代を差し上げ、礼を終える。三献(酒宴の作法)の祝儀が始まる。(後略)。28日朝5つ(午前8時)過ぎ、犬山を出発する。廿四孝の間の縁側で町医、町人どもが御目見する。隼人正ならびに御目見衆まで出迎えた場所まで出向いて御目見する。帰りは入鹿に立ち寄り、7つ半(午後5時)頃に帰城する。公からの下し物。(後略)
享保2年10月28日。
申半(午後4時)過ぎ、帰城する。御目見衆はたらが(田楽)のあたりまで出迎えに出かける。その先まで出かけた者は帳に付ける。
享保2年10月30日。
参詣がある。