享保2年8月7日。
この日から7日間呉服町西側正教寺で江戸浅草報恩寺の什物(宝物)を開帳する。
親鸞(木像あり)が修行に歩いた時の巾着ならびに使い残した銭が4文。
虵(蛇)返のさすが(刺刀)などもある。
石摺の名号で100両得て、散銭(賽銭)は148両集まる。
報恩寺は日本の院家頭である。
先年火事にあって本堂を建てていたが、不足分の勧進(寄附)であった。
三河からここへやって来ており、住持も付いて来ていた。
正教寺も自ら所有の如来でかなり金が集まるが、鐘を鋳るの奉加(寄附)には足りない。
これも30両あまりと。
毎日人がとても集まり、なかなか近づくことができず。
文左衛門は片場を通ったが、人が多かったので東門から詣でる。