2025-09-10 これこそ乱心 鸚鵡籠中記 享保2年7月9日。京詰の五十人目付阿知波丹左衛門はこの朝から食欲がなく食べず。若党が度々伺いに行く。申(午後3時)前、伺いに行ったところ側に呼びよせ、手討ちにすると云々。若党は驚いて逃げ、隠れる。その他の召仕も皆隠れる。しばらくして召仕1人が小笠原与一兵衛へ行って話をする。与一兵衛がやって来て召仕に案内させ、中に入ると既に自害していた。