享保2年6月29日。
この日のことか、隼人正家来入江竜右衛門に問題があって暇を出す。
竜右衛門は100石取りの広間役。
以前は次の屋敷におり、とても家を荒らしていた。
父は文庵という隼人正の医者であった。
21日の落書に入江とあるのはこの者のことであった。
武兵町250石の増田助大夫はおいでありながら入江を聟養子にした。
助大夫の父は金兵衛という。
博打打ちで貧乏人のどうしようもない人物であった。
入江は金を200両持ってくるはずであった。
しかし、隼人正の手前入婿のことはまだ済んでいなかった。
その上最近病気だと引き込みながら、助大夫のところへ度々出かけていたことなどで暇を出した。
落書の騒ぎのことは少しも申されず。
助太夫は40ばかり。
この妾ははなはだ淫乱の噂がある女だった。
助太夫と一家の者は誰も付き合いがなかった。
近頃、熱田道・古渡のあたりでなら(ママ)さらし(奈良晒)荷物が御目見衆3人の誰かに触ったと棒で頭を打ち割り、先へ行く売主も散々に叩いた。
東近くの在郷あたりに盗みが入り、夜着・布団などを多く盗られ、村中で探しに出かけた。
昨日、橘町のあたりで比丘尼がこの品を質に置くところを見つけて取り返し、意気揚々と立ち去った。