名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

こんなことを書き残されたら死んでも死にきれない

享保2年5月2日。
同心も御礼がある。
辰刻(午前7時)に始まり、巳(午前9時)過ぎに終わる。
卯刻(午前5時)までに頭にところに揃っているようにとの廻文があり、寅半(午前4時)過ぎ文左衛門は近所の者たちと家を出る。
卯半(午前6時)頃、登城する。
御礼銭は彦坂平大夫に渡す。
御披露は天野四郎兵衛が勤める。
帰りにも頭に寄る。
この日も中座はなし。

福富伝右衛門は御礼に出向く。
癩でとても見苦しい。

御礼銭をこの度はどこへも差し上げられず。

この日のことか、寄合長岡庄左衛門が腎虚(腎臓の病、俗説では性交過多による衰弱)で死ぬ、23才。
菴原平左衛門妻の弟であった。
妻はなく、妾がいた。
馬陰(巨根)と。