享保2年3月14日。
この日限りで石山が閉帳する。
16日からまた開帳する。
寅刻(午前3時)から駿河町で火事がある。
夜明け前に鎮まる。
丑半(午前2時)過ぎから燃え出すと。
風は吹いておらず。
禅寺町と法花寺町の間両側が残らず焼ける。
法花寺町の角の家2軒が残っただけ。
そのうちの1軒はほとんど引き壊される。
南側中ほどには質屋又右衛門という金持ちが住んでいた。
この隣から急に火が出たため、たくさんの土蔵のうちの2つの戸の前をちらかしていたので燃えてしまう。
又右衛門の父は古金屋久右衛門という者であった。
そこから北側へも燃え移り、西へ東へと燃え広がる。足軽2、3人がけがをする。
四方に燃え広がる。
渡辺十左衛門は組屋根から落ち、刀が抜けて腹を突くと。
あるいは竹杭で腹を突き、あんだ(箯)に乗ってうなりながら帰ったと。
類焼の他にも、近所の家々ではかなり道具を盗み去られた。
佐藤瀬兵は江戸を7日に出発し、昨夜赤坂に泊まり、今夜になって到着する。
この春の3分役1両3分、銀3匁7分は24日まで与左へ遣わす予定である。