享保1年10月2日。
寺尾悦之助家老鈴木藤右衛門・沢田庄之右衛門が5ヶ国追放となる。
大小刀を取り上げ、跡は闕所となる。
悦之助は若年だったので、詮議を壱岐守(竹腰)に頼まれる。
壱岐守目付伊藤助左衛門が新武や(屋)紋左衛門のところへ出向いて申し渡す。
悦之助の父内匠は遺産1000両を娘に取らせ、この者たちが預かっていた。
しかし、少し前にこの娘も死んだので母親がこの金を追善に使おうと取り寄せると半分以上が無くなっていた。
詮議したところ、この金を増やすために貸したと言うが、このことを預かりの目付役にも知らせず、その上証拠となるようなものも無かった。
沢田は大野三ノ右衛門の妹婿で今井甚内妻の父親だった。