享保1年8月18日。
若宮天王祭が行われる。
5歳の子ども大神楽は曲も太鼓は素晴らしい。
梅昌院(徳川綱誠側室)の見物はなし。
車は戌(午後7時)頃、本町を戻る。
家々では提灯を出し、車にも4つずつ揚提灯を灯し、とても見事だった。
見物もとても多かった。
伊勢町5軒目東側200石壱岐守(竹腰)組角田甚右衛門は願いにより所領で湯治をしていたところ、湯にあたり、16日に戻ってきた。
途中で刀を落とし、面目ないと言った。
書置をし、家へ日用らしき者が持ってきて、置いて帰った。
壱岐守へはこの日このことを知らせる。
甚右衛門は40歳ほどで大金持ちだった。
父は80歳ばかりで、とても親不孝と云々。
実は湯治の前に若党を手打ちにしようとして、かえって傷を負い、若党が逃げ出してしまったからと云々。