名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

実は仲直りなどしていなかった

享保1年7月10日。
真鍋茂大夫などがなめかわ(滑川)の橋の見分から戻る。

奥田町の大工と米屋が盆の踊りを狂言にする、いや踊りにすると争ったのを仲をとりもったが、この朝、大工は米屋を大須へ誘い、法花寺町大下の田んぼへ出るところで大工は米屋を切って逃げ去った。
米屋は鞘を抜きもせずに打ち付け、堀の中落ちて前のめりにひっくり返り、壱岐守(竹腰)玄関番寺沢茂右衛門宅の前まで何とかやって来た。
母親が粥を持ってきて食べさせるとそのまま死んでしまった。
後に大工も現れて捕える。