正徳6年4月27日。
この日まで文左衛門の住むあたりでは肴が手に入らなかった。
小ゑび売りも現れなかった。
今までないようなことである。
巳時(午前9時)、向屋敷(別邸)で山川閑説が打ち首になる。
文斎は追放となる。
閑説草履取は追放となる。
紋斎父兄は閉戸となる。
閑説父は何事もなく赦される。
使いをした中間3人には暇を出す。
幽閉の3人の坊主のうち小野田久次は11石3人扶持のまま、御広間坊主となる。
奥田信益、鳥居閑古、御小納戸衆・奥番衆・奥衆は富永左門・上野小左・内藤浅右が同席して残らず叱られる。
盗人の日の当番は小塩安左衛門・平岩弥五左衛門であった。