名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

人が亡くなるぐらいなら中止すればよかったのに

正徳6年4月17日。
名代を周防守(織田貞幹)が勤め、辰(午前7時)過ぎ祭礼が巡行するが、雨が降り出したので大いに濡れてしまう。
押乗は津田平次右左門が勤める。
甚九郎は戻る際は大母衣をさしており、疲労困憊となって町奉行の桟敷から片場を西へ向かい、家に戻る。
翌日死んでしまうと。
この朝から全員雨に濡れてしまっていた。
これなら巡行を行わなければよかった。
晴れるのを待って修復しないで巡行するとかえって見苦しいと町奉行が進言したので巡行すると。
瑞祥院(徳川吉通正室)だけが見物する。