正徳5年11月3日。
夜、赤坂で大崎一郎右衛門が痞え(腹痛、胸痛)を発し、死んでしまう。
変死の疑いもあったが、本当に病死だと。
5日の朝、御馬廻小頭も家へ行くが、急病のことで駕籠のままで置き、ちょっと見てくれと一家衆が言うけれど、見はしなかったと。
38才であった。
男の子があり、太郎八と言い、10歳であった。
正徳5年11月3日。
夜、赤坂で大崎一郎右衛門が痞え(腹痛、胸痛)を発し、死んでしまう。
変死の疑いもあったが、本当に病死だと。
5日の朝、御馬廻小頭も家へ行くが、急病のことで駕籠のままで置き、ちょっと見てくれと一家衆が言うけれど、見はしなかったと。
38才であった。
男の子があり、太郎八と言い、10歳であった。