正徳5年10月25日。
御用人大崎一郎右衛門のことは常々目上の者を軽んじ、勤務態度も良くないと言いつけられ、加増の100石と元々の知行から100石減り、200石となり、御馬廻となる。
その夜に江戸を発つようにと云々。
誰にも出かけて世話などしないように。
医者にも薬を遣わさないようにと云々。
とても機嫌のそこね、憎んでおわれると云々。
一郎右衛門は幼くして父を亡くし、人は良いが横着なところがあると云々。
御小姓の時もこれで失敗すると云々。
舅は御馬廻横井武助。
一郎右衛門の父は浜松に葬り、塚がある。