名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

犯罪者、集合

正徳5年9月23日。
日の出頃、文左衛門は小左へ十郎右と出かける。
由平は手錠を前に下ろさせ、袷を羽織らせて編笠を着せ、胴縄を両方の袖口に引き通し、両人で袖口からこれを持つ。
他に中間1人、刀指2人が附き、卯半(午前6時)頃、勘兵衛のところへ向かう。
昼のやきめし(焼おにぎり)を持たせて遣わす。
2度呼び出される。
その後七間町の牢へ行く。
こちらからもまとひ(纏)の衆が残らず附いて行く。
勘兵衛のところに呼び出された際は手かねも縄も外して出かける。
その後出かける際にはもうあちらの手かねに替えてある。
申(午後3時)頃、善左・勘兵から小左に手紙が来る。
自分の家来由平は調べたところ不届きがあったので牢に入ることを申し付けた。
牢の費用はそちらから出すようにと心得るように。
以上。

この日、十郎左召仕、及びしげも勘兵のところへ出向く。
しげは肘に少し薬を貼っているように見えたと云々。
由平妻と小七も出向く。
由平は盗人で間違いなし。
盗んだ脇差は筵の下にあるとまとひ人に言ってくる。
探すと確かにそうであった。
ただし、鞘や鍔のない中脇差であった。
その他槍のような研ぎ澄ました柄を縄で巻いたものが1本筵の下にあり、壁土がついていた。
先日、田中宗円内庭の壁を切り破ったのは由平だった。