名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

文左衛門は本寿院となると悪意がある書き方をする

正徳5年7月18日。
加藤曽大夫召仕の女18と曽大夫の子曽右衛門の草履取28が高倉の北の雨池で心中する。
身を投げて死ぬ。
帯で互いを結び、抱き合っていたと云々。

尾張公の財政はとても苦しいと云々。
安房様(松平通温)は肴屋の支払いができず、三月の精進(精進潔斎)のことが耳に入り、上野小左から干鮎を遣わすと。
本寿院様(徳川吉通生母)にいちごを送ったところ、食べる前に悪くなっていると返される。
このことを上野小左が聞き、それならば送らずにおけと云々。
本寿院様が花見の際に酒を少しでも持って来いと言われたが、持って来れなかった。
本寿院様は大いに機嫌を損ね、頭から布団をかぶって寝てしまうと云々。
髪を振り乱して屋敷の大きな樅の木に登ることがあったと。