名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

何日も続くから大変だ

正徳5年4月15日。
御宮で法事が始まる。
16日から御弓奉行以上が詰める。

15日未刻(午後1時)、非時食となる。
申刻(午後3時)、入堂。
16日、法花を講じる。
卯刻(午前5時)、斎を食べる。
名代は法事前に。
辰刻(午前7時)、八講が行われる。
4座が終わって中食となる。
午刻(午前11時)、舞楽が行われ、未刻(午後1時)八講が始まる。
法事が終わり、非時食となる。
御門固は外が蜷川伴右衛門、内は鈴木定右衛門が勤める。
舞楽の際、詰衆のうち御用列以外は皆本堂に入る。
もっとも諸人の見物はなし。
17日寅刻(午前3時)、法花の懺法が行われる。
この朝、諸役人が詰めることはなし。
卯刻(午前5時)、行放(法)(法事が行われること)、名代は駿河守(大道寺)が勤める。
6つ時(午前6時)過ぎに斎を食す。
御祭礼が行われ、御旅所(神輿などが休憩する場)で読経が行われる。
中食、還御、非時食、百光明供弥陀経を行道する。
18日、胎曼茶羅供(天台宗の秘法)が行われる。
卯刻(午前3時)に粥を食す。
辰刻(午前7時)曼陀羅供が行われる。
名代は法事が終わり、斎を食す。