名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

こんな僧もいるんです

正徳5年4月6日。
上野永弘院地蔵がこの日閉帳する。
とても賑わい、軽業なども行われる。
下の寺では左近(ママ)願も行われる。

末森の桃巌寺の薬師も開帳する。

天王坊は百姓への対応が悪く、前例もないようなことをしでかしたと名古屋村の百姓たちが御国奉行へ目安(訴状)を提出する。
日ごろけちな僧であった。

元禄10年丑の江戸での新銭は径8分(1分は約3ミリ)弱で重さは8分(1分は約0、4グラム)であった。
同13年末に鋳ていた。
これは前と同じ。
正徳5年になると径7分、重さは6分に過ぎなかった。
今年新金となって江戸で新銭を鋳させた。
径8分強で重さは1匁(約4グラム)。
これは寛文の銭にも劣らず。
ただし、同の質は少し劣る。
佐渡での新銭は径8分で重さ9分。
これは東都と同じ。
ただしその細工は劣る。
裏には佐の文字がある。