名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

どこもが生活に困っている

正徳5年3月7日。
大橋小伝次が伊勢から帰って来て言うには、桑名の侍は木綿の衣服の上に上下などを着ていると。
甚だ質素な様子と云々。
施行が行われており、1人に米2合半ずつがどの国の者でも貰えると。

熱田の社の末々までの神人(神職)は凍餒(とうたい、生活が苦しいこと)と云々。
中臈の神職の5人大原弥五左衛門・粟田城大夫・同左馬助・林大膳・磯部杢太夫が仕切って尾張氏仲頼に相談をした。
祝師(はふりし、神官)などは公府(尾張藩)に頼み、神領金から幇扶(支援)される。
この日から60日の間およそ社人36家、人数男女136人に男は20銭、女は15銭ずつ恩賜する。
この貧人の中で夫が江戸にいる者は操瓢(物乞い)の技に近いことを夫が帰ってきてから聞こうと思い、受け取らなかった。
そうではないと申し聞かせ、夫の分と一緒に与える。
神馬もやせたので、飼料が渡される。