正徳5年3月1日。
手形米は先ごろ5斗2升であったが、近頃は5斗になり、やがて4斗8升となる。
戸田源五右衛門により横須賀御殿を残らず壊す。
邸宅だけを残す。
2月20日、泉光院様(徳川継友生母)の使者、御悔みのみで中村源右衛門が勤める。
同21日、梅昌院様(徳川綱誠側室)からの御悔みを森弁大夫が勤める。
3月2日、殿様からの御悔みを新御番頭水野弥一左衛門が勤める。
同日、泉光院様より朦気(気分)の御尋を小池忠助が勤め、御菓子が届く。
同日、梅昌院様からも同様で天野猶左衛門が勤める。
安房守様(松平通温)から御悔みのみで岩田仁右衛門が勤める。
3月4日、出雲守様(松平義方)から御悔みのみで韮山三大夫が勤める。
摂津守様(松平義行)より同じく、和田孫八が勤める。
但馬守様(松平友著)より同じく、水野滝右衛門が勤める。
日向様(松平義孝)より使者も同じく、和田孫八が勤める。
出雲守様の奥様より同じく、山田金大夫が勤める。
同5日、本寿院様(徳川吉通生母)から御悔み、中根浅之右衛門が勤める。
同6日殿様から朦気御尋ね、枝柿1箱を下され、五十人頭大塚幸右衛門が勤める。
出雲守様から同様、御菓子1箱、韮山三大夫が勤める。