名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

やはり日蓮宗には監視の目が

正徳4年11月4日。
近頃、熱田本遠寺が叱られる。
法花寺後任のことで不届きがあったと。

近頃、古渡日蓮宗久源寺が門を閉ざして談義をする。
萱津妙勝寺がこのことを調べて奉行に知らせると云々。
談義を行ったのは以前大乗院といった京妙満寺を追放になった坊主であった。
この地にやって来て邪流(正統でない教義)を広めており、久源寺もこの一派だと云々。

定納金は3斗5升5合、不同金は3斗3升。
12月中旬の21日から不同金は1升下げ、3斗4升になる。
定納金は3斗8升になる。

この日猪股小平七が遠慮を赦される。

この春大村源兵衛から暇を出した若党が御国方の手代と偽り、領内をだまし歩いたことが露見する。
当時詮議があったと云々。