名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

終に父親が亡くなった

正徳4年10月19日。
文左衛門は夜明けに3人を遣わし、玄春を呼びにやると急病とのことで夜明けまでやって来なかった。
父親は時々嘔吐し、痰や水を吐く。
辰(午前7時)過ぎからは黒くなった血のようなものを吐く。
度々起きようとし、目を見開き、手に取りつく。
しかし、口で唱えるのは止めない。
巳半刻(午前10時)、実に眠るようにこの世を去る。
文左衛門は不覚にも枕あたりに伏し、涙が止まらない。
腫物は冷たい時もあり、とても臭いときもあった。
その時は赤い血がでた。
文左衛門は枕のあたりに座っていたが、それほどの臭気に気づかなかった。
文左衛門は側にいて、食事の時に八平などと代わるだけであった。
夜(ママ)も子(午後11時)前までいて、それから八平と代わった。
流れる涙は止められなかった。
淡い灯りの下で見ると、生きているようであった。
昼から親類が多くやって来て葬儀のことを相談し、亥(午後7時)前に帰って行った。
未(午後1時)過ぎ、弥四郎が善篤寺へ出かける。
場所・葬礼のことなど大亀という僧と取り決める。
法名のこと、さらに沐浴はなく、髪は剃らないことを話す。