正徳4年7月21日。
兵庫は江戸へ出発する。
本寿院様から入仏事・施餓鬼が行われる。
今朝明け方の寅半(午前4時)、檀歴が建中寺に入る。
水が出たための逗留であった。
6日に江戸へ出発していた。
江戸へ出発した時は御先手安藤甚左衛門が品川まで送り届けた。
道中は足軽5人が附き従った。
当地では大塩岡右衛門が熱田まで迎えに出向いた。
かや(萱屋)町観音院呑応は貞松院様のひろい子だと云々。
門前の町屋に滝川又左衛門悉皆人天野八郎右衛門の妻が住んでいた。
呑応はこれと関係を持ち、子どもが生まれた。
内密にねだって金を取り、弟子坊主とした。
13の時に江戸へ逃げ出し、学問をおさめた。
これが檀歴であった。
母は存命でかや(萱屋)町に住んでいた。
小児のかつらまきに名灸を点する者であった。
檀歴の弟は天野幸左衛門といって石河靭負殿の取次役であった。
檀歴は建中寺念誉の弟子であった。
40年増上寺に務めていた。
石川一岳の実母はこの僧の姉であった。