名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

何と都合のいい男だ

正徳4年5月30日。
夜、長者町と長嶋町の間、箕形善左衛門の構え片場芝原で両替町呉服屋越前谷六兵衛の21になる荷担いが19になる岐阜屋の女と心中して死んでしまう。
女は嶋の帷子で紺の前掛けをしていた。
喉のところを突いて殺していた。
男も嶋の帷子で羽織は脱ぎ、喉を突き外して死ねずにうつ伏せで倒れていた。
翌朔日、夜には湯漬けを食べていた。
話では、私の女房は名古屋一番の者である。
しかし他への不法があったので突然怒って殺してしまったのは不憫である。
自分の命を助けてほしい。
出家して女房の後生を弔うと云々。
主人六兵衛に預けられ、町内から亭主の番を勤める。

今月20日、鋳物師が極楽寺の鳴鐘を鋳る。
亘り(直径)は2尺(1尺は約30センチ)4寸(1寸は約3センチ)あまり。
巳半(午前10時)頃につつがなく終わる。
見物人が群れ集まり、時の声が3度し、1町(1町は約100メートル)響き渡る。

同日、惣見寺の先住白翁の七回忌で、宗派の長老から平僧まで100人余りの斎法事が厳かに行われる。

20日、性高院へ銀10枚が雲侯(松平義方)から送られ、名代は高木甚五兵衛が勤める。
同3枚は久勝院様から、同御小姓役馬場五郎右衛門が勤める。
同3枚は奥様から、同足軽頭馬場太夫勤める。
同2枚は伊織様から、同足軽頭並嶋沢源右衛門が勤める。
同1枚は栄姫様から、同夫役松永弁五左衛門が勤める。