正徳4年3月23日。
川村縫殿巾下の屋敷へ、前の主馬殿御園屋敷の仮山の石を近頃引き取る。
これは仮山を造る途中の石なので引き取ると。
近頃、春の買留は地居り(?)の分は金が出ず、その上一色の指図で手形を残らず借り上げ、御蔵手代本締の請け取りを売人に渡す。
阿弥陀寺で諦文・西堂の談義が行われる。
日々3000余りが参詣する。
今日までの6日で3000両余りが集まり、方丈の手に入る。
寝釈迦の像を造る資金であった。
近頃聞いた話では瑞祥院様(徳川吉通正室)の御女中に瀬川という者がいた。
大工、細工ならびに料理の算勘などを行っていたが、金を残すことはなかった。
この度の御屋形作事の用務もこの人が全て承り、指図を造る。