正徳3年12月19日。
文左衛門は夕暮れから風声、源兵・八郎右を呼ぶ。
酒が三巡した後巾下で火事と云々。
このため客も帰し、文左衛門も出向いたが、火は既に鎮まっていた。
御多門に出向き、しばらくここにいて、修理殿が帰られてから帰る。
御深井構えの中で平野作左衛門組御庭番足軽の屋敷12、3軒が焼失する。
中将に任じられたとの廻文がある。
正徳3年12月19日。
文左衛門は夕暮れから風声、源兵・八郎右を呼ぶ。
酒が三巡した後巾下で火事と云々。
このため客も帰し、文左衛門も出向いたが、火は既に鎮まっていた。
御多門に出向き、しばらくここにいて、修理殿が帰られてから帰る。
御深井構えの中で平野作左衛門組御庭番足軽の屋敷12、3軒が焼失する。
中将に任じられたとの廻文がある。