名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

またまた頼母子

正徳3年11月27日。
巳(午前9時)から文左衛門は瀬左へ頼母子会で出かけ、酒や食事を頂く。
戸丸勘兵衛は二口ながら得る。
夕暮れから曽右へ出かける。
八郎右・一郎左・瀬左。小頭から廻文がある。
明日28日・来朔日に修理殿へ文左衛門たちは出仕必要ないと云々。

夜、沼津で新番頭横井源左衛門が22才で死ぬ。
13日に名古屋を出発し、道中で疱瘡(天然痘)になる。
沼津に逗留し、宿は後家と云々。
宿はいろいろともてなし、夜着・ふとんなど紅衣で拵え出す。
礼に大分金を遣わすと云々。