正徳3年9月19日。
60余りになる生駒因幡家来の長谷川分左衛門の娘が手習いに行くのを34、5の玉置右膳家来の武藤源左衛門が見かけて気に入り、強く妻に貰いたいと言ってきた。
分左衛門はあれこれと断ったけれど納得しなかったので殺そうと云々。
やむを得ずこの日巾下信行院のそばで出来町替地の分左衛門宅に源左衛門を呼び、酒などを飲ませて切り殺し、酉(午後6時)過ぎに立ち退く。
分左衛門のところには多くの人が集まり、源左衛門を殺したと云々。
源左衛門は桑名の者で無法者で、盗人かと云々。
桜井作ノ右衛門御代官所であった。