正徳3年8月25日。
今朝大公泰心公・雲仙院様の廟・霊屋へ妙園院様から濛気(見舞)の御使を平田伝左衛門が勤める。
御城代組ならびに明組付主殿同心などが出向く。
点心(軽食)の間に黄檗東輪寺がやって来る。
律僧が15人、その中で色衣を着た者は6人であった。
三門から鈴(りん)を鳴らし、外陣で香語(香をたいて唱える法語)を唱え、かつ木魚を打ち、払子を振るい、唐音で経を読む。
その間はかなりの時間で、焼香して帰る。(後略)
この日の使者はいずれも書院西の間に通り、御老中が会われる。
町屋で35菜の食事を用意し、通い(給仕)は町人が勤める。
ただし使者の格で通いは新御番・御馬廻衆が勤める。
この日押切で女の気違いを捕まえたと大騒ぎになり、その上には町あたりでは火事と云々。
23、4で顔も普通であった。
力がとても強く、近づく者を張り倒し、蹴り倒した。
夫は、少し前にいさば(魚)売の庖丁を借りて自殺した兄弟を穢れなど関係ないと無理やり伊勢へ連れて行った。
その留守に女は乱心し、戻った後は良くなるが、また近頃夫と三河へ行った後に悪くなり、諸道具を打ち砕いた。
申半(午後4時)前、安房守様の入仏事が始まる時、それ火事だと騒ぎ始めた。
門のあたりから煙が見えた。
新出来町の星野勘八から14、5間(1間は約1、8メートル)ばかり東の北側内藤又左衛門控家から出火した。
東へ30間あまり、南側では12、3間焼ける。
永井三右衛門居宅表の借屋は残らず焼失し、ここで火は止まる。
夕暮れ前に静まる。