正徳2年2月5日。
建中寺を詣でる。
正徳2年2月13日。
5つ半(午前9時)、供揃えを行い、4つ(午前10時)過ぎ、南屋敷へ馬で出向く。細野新次郎弟子の馬を見物する。次に松井清兵衛弟子、次に太田半右衛門弟子が乗る。新次郎は御前に召し、声をかけられて戻る。3人の弟子が終わり、中根新六に申し渡す。清兵衛・半右衛門が馬に乗る。終わって2人1度に召し、声をかける。13歳の半右衛門の子は馬を上手に操る。横地仁兵衛の子も14、5に見える。幕の内に縁取を敷き、中に火ばち・白湯などを置く。午7刻(午後0時半)に終わる。新六が諸事を承る。新次郎の弟子は初め江坂清左衛門に御目通りをし、少し東で2度輪乗(馬を輪形に乗り回す)する。そこから東へ乗っていく。最後の弟子も輪乗りをして終わる。最初に御目通りをし、馬上で少し頭を下げて終わる。馬場から外へ乗り出す時もまた頭を下げる。面々同様に行う。清兵・半右の弟子はこのようなことは行わない。新次・清兵衛の弟子は声をかけない。半右の弟子は声をかける。いずれも足袋ばき、東の方から乗り入れ、西へなみ足で進み、右の方へまっすぐに走らせ、南の馬場へ移り、半ばから走り出し、4、5回走らせて、またなみ足を1回行って終わる。南屋敷の中へ召仕は入れない。中間はいずれも馬の口を取る。(後略)
正徳2年2月14日。
昨日のように南屋敷へ出向く。馬を見物して午3刻(午前11時半過ぎ)に終わる。3人の弟子が終わって3人の師が乗る。終わると3人一緒に御前へ召し、声をかける。新六は妻が出産のためこの日は石川一学が勤める。六左衛門は1人だけ足袋なしで馬に乗る。本郷源右衛門は鞍下が定まらず、跳んで落ちそうになる。それでも何とか終える。浅野半内・大河内金四郎・佐藤内左衛門は見事である。3人の師の中で押尾はよくない。
正徳2年2月15日。
3月2日出発の御供衆。(後略)
出仕後、御下屋敷へ出向く。
正徳2年2月28日。
巳(午前9時)前、御下屋敷から帰る。出仕がある。