名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

源五左衛門には何か強いコネがあるのか

正徳1年12月15日。
近頃、犬山組伊勢文之右衛門召仕の女が逐電した。
探すと木曽川の中で死んでいた。
このため文之右衛門召仕にいろいろと詮議があった。
めんどうなことである。

初日の能の際、中村又蔵家来2人が袴羽織で座って見物していた。
それを目付がとがめた。

11日の鴈間の能の時、舞台楽屋の担当は高木源五左衛門であった。
17になる召仕足軽小頭の子が道に迷ったのか壁書の内奥(奥深く)に入った。
このため源五左衛門は御預けになるところ、火事番が申し立ててあがりや(揚屋)に入った。
ほどなくして何事もなく許され、初めの如く召し仕える。
去年もこの男は目付の廻文を落としていた。