名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

100年経てばこんなものでしょうか、さびしいなあ

宝永7年11月30日。
文左衛門は辰(午前7時)頃、平田院を参詣する。
文左衛門は昨日香典100文を持参していたが、仲間やその他の者に効くと何れも200文であったので寿心に頼んで200文とする。
吸物・こはめし(強目地)・に(煮)物・酒などは昨日と同じであった。
巳刻(午前9時)過ぎに拝礼が始まり、平岩三郎左衛門、次に平兵・治部左・小麦右・三郎右・佐枝十兵衛・橘田勘之丞・平岩伝右。
互いに見合い、同じようにする。
しばらくして作左・五右・七左・紋兵・九右衛門が一緒に出て拝む。
それから53人ずつ勝手に参詣する。
最後に銀子付台(付紙台)の者が多かった。
城代組から参詣する者はわずかに5、6人で、隼人正・飛騨守組も参詣しないものが多かった。