宝永6年5月2日。
文左衛門は近頃勤書を出す。
頭の交代のため仲間は全員出す。
勤の覚 朝日定右衛門。
一 私は延宝9年酉2月、瑞竜院様に初めて御目見する。
御目見を14年。
一 元禄7年戌12月、父同名善太夫は願いの通り隠居を仰せ付けられ、知行・家屋敷を相違なく下され置き、城代組を仰せ付けられ、当丑年まで16年勤める。
内。
本丸番を3年怠ることなく勤める。
深井丸番を2年怠ることなく勤める。
両番所の助番を3度勤める。
畳奉行役を10年勤める。
内。
褒美として銀子2枚ずつ2度拝領する。
京都・大坂へ御用のため2度登る。
右、延宝2年に御目見に出てから当丑年まで29年勤める。
年頭の礼に怠ることなく出て勤める。
以上。
宝永6年丑。